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執筆者の写真ふじおかんたろう

「エアー当て逃げ」


言葉を失う時期と言葉が盛り上がってくる時期が交互にやってくる。僕の中で、言葉が息を吹き返している感覚のある最近。喜ばしい。

とりあえず、言葉にする。

暴力はどんなに小さくても、きっと小さく人に移ってしまうということを思った。

自転車で稽古場へ向かう途中、

大通り、車道を漕ぎながら、目の前の信号は赤に変わる直前だった。身体はそのまま突っ切ろうかと一瞬思う。辺りをチラッと見て、結局、突入するのをやめて、僕は信号の前に留まった。

すぐ左斜め前に、前のめりで歩道の信号が青に変わるのを今か今かと待ち構える自転車の女子中学生がいたからだと思う。とは言え、僕が留まったのは、その瞬間は何となくだ。

きっと僕も、時に突っ切っている。

赤信号の前でぼーっとしながら、僕がそのままギリギリで赤を突っ切った想像をする。

僕が止まる間際にチラッと見た時、自転車の女子中学生は前のめりで待機していた。青になるギリギリ前にスタートダッシュを切りそうな匂いがあった。

もし彼女がフライング気味にスタートを切っていたら、最悪の場合突っ切ろうとした僕とぶつかる。さすがに僕だってそう簡単にぶつからない自負はあるけれど、ぶつからなかったとしても、今にも足を踏み出さんとする彼女の目の前をブンっ!と通り過ぎて、一瞬驚かせるぐらいのことは起こり得たなと思う。

もっとも、僕がいつもそんなことを考えて運転しているかと言えばあやしく、そんな一瞬驚かせるみたいなことは、僕だって都内を自転車で走れば、されたこともしたこともたくさんあったように思う。 

でも、何故かその時は、ふと、これってなんだろう、「エアー当て逃げ」みたいなことかなと思った、もしも僕がビュンとなって彼女が「ワッ!」となったら。

一瞬小さくとも身体の恐怖を感じさせられるのに、恐怖を与えた当人は自転車に乗ってピューと去っていくのだから。恐怖は蓄積されるのに、吐き出しどころのないまま犯人はスイスイと消えていく。

そんな感覚を覚えるのかもしれないと思った。

いや、わからない。僕ならそうだ。

そして、こうした吐き出しどころのない恐怖は、身体の中で密かに蓄積されて、「なぜ自分だけが我慢しなければならないのだ、こんなことが許されるのならば、自分だって少しぐらいズルをしたってバチは当たらないだろう。」と、無意識のうちに思うのではないか、そんなことを思った。

貯金した我慢なのだから、引き落とすぐらいいいじゃない。それでプラマイゼロ。みたいな感覚が。それは、時に本人が言語化していないレベルのところで。

結果、その先に何が起こるかと言ったら、「ワッ!!!」と驚かされてしまった彼女もまた、「このぐらいなら1回は許されても良い」とギリギリの赤信号を突破するのではないか。

なぜか僕はそんな想像をした。

一回やってしまったら、あとは何回でも突破できる。「今急いでいる」とか「このぐらいみんなやってる」とか。

そして、彼女が貯金を引き落としながら自転車を漕ぐその道中、また別の誰かが「ワッ!」と恐怖を感じ、「エアー当て逃げ」の被害者が増える。彼らもまた、貯金を引き落とす感じで、以下同文。

たかだか、目の前を、ぶつかることもなく、ちょっとギリギリで駆け抜けただけのことである。

しかし、それは大事故に繋がり得る、のは、もちろんのこと、それよりもっと水面下の次元で、影響を与えあって、お互いをお互いにルーズにしあって、「エアー通り魔」を自分に許し、また、もしそんな自分を許せない誰かは、ジッと耐えて心の形を少し変形させて歯をキュッと結んで耐えて生きる。

別に自転車に限った話ではない。

些細ななことだけれど、むしろ些細であるからこそ、小さくかつ、広く伝播してしまう悪のようなものがあるのではないか、そんなことを思った。

報復の芽はどこで生えてしまうのか。

どこで彼は彼女は、報復を自分に許してしまったのか。

そんなことを思う。

本日、とりあえず、現場からは以上です。


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