詩森ろば氏演出の「夏の夜の夢」の書き割りの仕事を依頼され、その着工に向けて、習作を描いている。
いくつもいつくも描いたのだが、はじめの1枚がどうにも一番いい。はじめの1枚の欠点をどう補って狙い通りの絵を描くかトライしているのだが、やればやるほど、欠点を補うどころかその美点まで損なわれてしまう。
はじめのひと作品は、狙いもなにもなく勢いで描いてしまったのがよかったのであろうか。ある意味、結果的にできてしまった絵。絵を描くときは、僕はだいたいいつもそうなのだ。自分が思わぬ場所に連れていかれるのが楽しい。「こんな絵になると思って描き始めなかったよ」というような。
しかし、今回は依頼を受けて描いているし、1作目を描いて、まだまだまだまだ先に行けると、その先が想像できるから、やりたい。
技術がなかなか及ばない。
それでも、逆よりは全然いいと思っている。
僕は中学校卒業まで、絵ばかり描いている少年であったが、演劇と出会って以来めっきり描いていなかった。絵筆をもったのは、2月の犬と串の公演が数年ぶりのことだ。下手したらちゃんと筆をもったのは10年ぶりかもしれない。
なのに依頼がくるなんて、不思議な縁としか言えない。嬉しい。デザインのたまもの。
そして、不思議と言えば、話はもどって、
僕にはそんなわけで技術などさらさらない訳だが、何故だか「描ける自信」のようなものはあるのだ。技術はないけれど、描きたいことは浮かぶ。描きたい対象の輪郭はボヤッとはしているけれど、その質感や温度感、雰囲気は分かる。その曖昧なものを目の前におこす作業。
技術で言えば、美大の予備校生にも及ばない。
でも何故だか依頼してもらえたし、何故だかできると思っている。
描き始める前、今回はフォービズム(野獣主義)で行こう!と思っていて、しばらく忘れていて、今改めて調べ直し、「やはりフォービズムだ!木も青く塗ろう!」とぼんやり思っているところ。
画家の技術とは何だろう。
そして、俳優の技術とは何だろう。
絵は誰だって、描けば描くほどうまくなる。少なくともデッサンはそうだ。それはどこかのプロが言っていたから間違いない。し、僕もそう思う。「絵が下手だ。絵の才能がない」と言う人は描いてないだけだ、デッサンに関して言えば、対象をちゃんと見ていないだけだ。対象をつぶさに見れば、指の動きがデコボコしようがきっと描ける。でも、上手にデッサンできる人はいいのか悪いのかたくさんいる。
俳優はどうなのだろう。舞台に数多く立つことは必要なことではある。人前で芝居することと、家で台詞をつぶやくことは別物だから。でも、数多く舞台に立つことが実ることもあればそうでないこともある。そもそも、芝居がうまいとは何を指すのか。10年以上やっているけれど、未だによくわからない。あ、それは画家のデッサンも同じか。
絵に対する関心が深まっている。
誰かに「そろそろ描け」と言われている気がする。
今年に入って急にやたら絵を描くことになり、これまで調べもしなかった絵画の歴史を調べるようになった。これは、僕にとって驚くべき進歩で、美術の家系にも関わらず、とにかく(半分は確信犯的に)美術について知識を得ようとしてこなかった。今年の2月まで、「印象派」とは具体的にどんな流派なのか、しらなかった。セザンヌの何がすごいのか、そんなに分からなかった。
最近になってようやく、色相環や補色について(少し)知った。
(よくデザインやっていたね。)
いや、でもそれは感覚で、たぶんなんとかなったんだ。
あ、
でもこの間、熊谷守一展に行って、色についての経験と感覚と知識に裏付けられた色使いに驚嘆しました。当たり前だけど次元が違いました。あと彼の赤い線と構図。驚嘆しました。穏やかな気持ちになれるのに興奮させられる絵でした。
あらためて、フォービズムいいなと思った瞬間。彼らは色の解放派閥でしたから。(覚えたて)(あ、熊谷さん自身がフォービズムなのではなく、影響を受けているという意味で)
再び話はもどって、絵画熱の話、
その熱は、「調べなきゃ!」と言うより、美術について芸術について、知ることが「楽しい」と思える気がしたから動き出したのだと思う。
そんなわけで、時間があれば短時間でもデッサンしている。
そして、次に僕が演じるのは藤田嗣治。
先日、美術館に絵を観に行って、「この人は、おおらかで神経質な絵を描くなあ」と思った。
なんだか絵画ざんまい。
僕はどこにいこうとしているのか、自分でも分からないが、絵も描きたい。
絵でこれから一旗あげよう!
とは、さすがに思えないけれど、絵は描いていきたい。
それができるように俳優でご飯を食べよう。
俳優だけだと、パンをコーヒーに浸しながら食べる生活になりそうなら、デザインもしながらしよう。
とりあえずそこまで行きたい。
人生は短い。
やりたいことをやる。やらせろ。
俺に何かやらせようとしている雲の上の人へ。
ビールひと缶の勢いで、メモのような乱文失礼しました。
また